Masukホテルの部屋での打ち合わせを終えた後、それぞれがそれぞれの職場に戻った。私は聖カトリーナに居る患者さんたちの様子を見に、聖カトリーナに向かい、遼大は賀神さんと一緒にEMSO日本支局へと戻った。私は湊と一緒に聖カトリーナに入り、患者さんたちを診て回る。湊と千堂理が立てたという治療計画を見て、私も意見を述べ、三人で計画を見直し、リハビリには一条和輝の手も借りようかというアイデアも出た。一条和輝からも協力の申し出があった事もあって、そのあたりはスムーズに進みそうだった。◇◇◇「本宮が来る日が延期になった?」私が聖カトリーナでの業務を終えて、EMSOの日本支局に入ったのは夕方になってからだった。私が遼大の使っている特別室に入るとすぐ、賀神さんがその部屋に来たのだ。遼大が賀神さんにそう聞くと賀神さんが苦笑する。「あぁ、本人は日本へ来る気、満々だったみたいだがな」遼大が聞く。「どういう訳で?」そう聞かれた賀神さんが笑う。「乙藤さんだよ」そう言われてふっと遼大が笑う。「乙藤のお爺様が手を回してくれたのか」乙藤のお爺様は賀神さんと真壁早妃を紹介した後、少々問題を起こした小春ちゃんと共に、EMSO本部がある国へと戻っていた。その乙藤のお爺様が本宮啓二を足止めしてくれているという事……。「さすがに本宮啓二でも乙藤のお爺様を無視は出来ないからな」賀神さんがそう言う。確かに創業者の親友であり、EMSOを始業の時から支え続け、最大出資者である乙藤氏を無視は出来ないだろう。遼大が私を見る。「お爺様のお陰で時間が出来たな」そう言って笑う遼大に私も微笑む。「そうね、乙藤のお爺様には感謝しないと」これで山村奈津美の方に注視出来そうだった。「それで、山村奈津美の行方については何か分かったのか?」賀神さんが遼大に聞く。「あぁ、現住所は把握してるよ」遼大はそう言って微笑む。「明日にでも行ってみようと思うけど、一緒に来るよな?」そう聞かれて私は頷く。「えぇ、行くわ。私が行った方が話が早いと思うの」そう言うと遼大も賀神さんも頷く。◇◇◇やっぱり、誰かが山村奈津美について調べている。そう感じた僕は郊外にある山村奈津美の住んでいるアパートへ出向く。山村奈津美には派手な生活をしないよう、言い聞かせてあった。「悟さん!」僕が訪ねて行くと、山村奈津美は変わら
「では高嶺はそちらの方に注力して貰って、私の方は本宮啓二の方に」賀神さんがそう言う。遼大が賀神さんに苦笑しながら言う。「あぁ、頼む」賀神さんはフワッと笑って言う。「こんな事くらい何でも無いが。もし何かあればすぐにでも高嶺に伝えるよ」賀神さんがこんなふうに笑う人だなんて思わなかったから、少し意外だった。遼大が言った事を思い出す。アイツは誤解を受けやすいんだよ私も賀神さんにはちょっとした誤解をしていたかもしれない。「本宮啓二?」湊がそう聞く。私と賀神さん、遼大が顔を見合わせて笑う。「あぁ、EMSOの方の監査統括理事をやっている人物だ」遼大がそう言う。「監査統括理事……」湊がそう呟くように言う。「EMSOはEMSOで色々と立て込んでるんだな」湊はそう言いながら苦笑する。「あぁ、本宮啓二はEMSOでは俺とは対立している派閥の人間だからな。今回の千堂彰の件でEMSO日本支局の再編を、チャンスと捉えたらしい」遼大がそう言うと湊がクスッと笑う。「チャンス、か……」その笑いには嘲笑が混じっているのを感じる。「高嶺さんの地位を狙えると思ってるなんて、身の程知らずだな」湊がそう言って笑う。「今回の千堂彰の暴走と、颯太の死と、燈の事は、すべてが繋がっているからな。互いに相関関係としてはそれ程、強くは無いが、当事者同士が化かし合って、互いの利益を求め続けた結果だと思ってるよ」互いの利益を求め続けた結果……確かにそうかもしれない。愛沢くるみは私を追い落とそうとして、自ら進んでサロン・ド・オーキッドに入って行き、そこで千堂彰に出会っている。千堂彰はEMSO日本支局を私物化し、更にマッドサイエンティストらしく、自分の野望の為に最悪の薬物を開発した。その過程で愛沢くるみの計画が動き出し、千堂彰は自身の開発した薬物の実験がしたかった。互いに“丁度良かった”のだろう。「山村奈津美の件に関しては、あちら側にこちらの動きを知られると、厄介だ。なるべく極秘に動こう」遼大がそう言うとその場の全員が頷く。◇◇◇あまり良くない経過を歩んでいる。そう思いながら僕は日々、聖カトリーナで仕事をこなしている。あの時はチャンスだと思っていたんだ。久遠燈が医療過誤を起こした事、しかもそれは仕組まれていた罠だという事が、僕には一瞬で分かった。だから便乗したに過ぎない
「それで山村奈津美は今もまだ、聖カトリーナに?」賀神さんがそう聞く。全員が湊を見る。湊は苦笑して言う。「俺には分からないな」湊はそう言って加山良江を見る。「調べられるか?」そう聞かれた加山良江が頷く。「湊さんのIDをお借りすれば、多分、出来ると思います」湊は加山良江にそう言われて、自身の聖カトリーナのIDカードを取り出し、加山良江に渡す。「調べてくれ」加山良江が受け取り、PCを叩き始め、すぐにスタッフ名簿にたどり着く。「山村奈津美は……」加山良江がそう言いながらスクロールしている。「……今はもう居ないですね」そう言われた遼大が自身のスマホを出し、言う。「俺の方で調べてみよう」そう言ってスマホを操作する。山村奈津美が今は聖カトリーナに居ないとなると。当時の話を聞ける人間が居ない事になる。しかも改ざんは山村奈津美以外には考えられないとなると……。「もしかしたら、愛沢くるみに消されている、なんて事は無いわよね?」私が思わずそう言うと、その場の全員が私を見る。「……無い話では無いな」そう言って湊が苦笑する。「生きてるな」そう言ったのは遼大だ。遼大は自身のスマホを見ながら、そう言う。「もう調べがついたの?」私がそう聞くと遼大が笑う。「七年前には確実に聖カトリーナには居たんだから、それを元に少し、な」本当にこの人はどういう情報網を持っているんだろうか。私にさえ、その全貌が分からない。「今、住んでるのは……ここから少し郊外へ出たところだ」遼大がそう言う。その場の私を含めた全員が苦笑している。その笑みはきっと私と同じ感覚なのだろう。「山村奈津美が愛沢くるみとどう繋がっていたのかを調べないといけないな」遼大がそう言う。「そうね」私がそう言うと加山良江が言う。「私と同じように、サロン・ド・オーキッド関連でしょうか」そう言われてそれも無い話では無いと思えて来る。「サロン・ド・オーキッドの内情もまだまだ調べ切れていないからな、スタッフの名簿や顧客の名簿なんかが手に入れば、一網打尽に出来るが、それは役所の人間がやるだろう」遼大がそう言う。確かに今回の千堂彰の件で厚生労働省の役人が立ち入り検査に入り、更に既にその前からサロン・ド・オーキッドについては内偵が入っているとも言っていたのだから、千堂彰からサロン・ド・オ
賀神さんから本宮啓二が日本へ向かっているという情報を聞いた遼大が言う。「本宮が日本へ来るまでには時間がかかるだろう」そう言いながら遼大が私を見る。「そうね、少なくとも丸一日はかかるでしょうね」私がそう言うと遼大も頷く。「あぁ、すぐに出発したところで、明日までは日本には来られない」そう言って遼大は私に微笑む。「まずはカルテを確認しよう」そう言われて私は立ち上がる。「カルテ?」賀神さんにそう聞かれて私は遼大を見る。「移動しながら話そう」遼大はそう言って、賀神さんに付いてくるよう、合図する。◇◇◇やはり電子のカルテには改ざん者の記載は無かった。アクセスした者を確認したが、当然だが外部からのアクセスは無い。(PCのデータ上だけではやはり、追えないな)そう思い、俺はスマホを手に取り、加山良江にメッセージを送る。送り終えた俺のスマホにメッセージが来る。高嶺さんからだった。~カルテの確認をする、ホテルの正面ラウンジに、30分後~そう書かれている。時計を見る。今日は午前中にやらなくてはいけない事は全部、終わらせてあった。事務局に連絡を入れる。「あぁ、久遠だ。これから外に出る。何かあれば連絡をくれ」◇◇◇私と遼大が賀神さんを連れて、ホテルの正面ラウンジに入った時には、そこにもう湊は来ていた。加山良江を連れて。初対面になる賀神さんと湊、加山良江の紹介をさっと済ませて、私たちは階上へ向かう。私と遼大が使っている部屋にあのカルテがあるからだ。部屋に入り、皆に座るよう促し、私は颯太のカルテを取り出す。加山良江は遼大が渡した端末の準備をし、湊はソファーに座って待っている。賀神さんも一人掛けのソファーに座り、待っている。私は取り出したカルテを開き、カルテをめくる。遼大が私の隣でカルテを覗き込んでいる。「カルテの書き込みは……」遼大がカルテをたどる。「……あった」遼大が指し示した箇所に署名がある。「山村奈津美……」私がその名前を読むと、湊が考える。「山村奈津美……山村奈津美……」聖カトリーナはただでさえ、人が多い。しかも七年も前の事だ。加山良江がPCを叩きながら検索をかけている。「燈、この名前に見覚えは?」そう聞かれて私も必死に思い出そうと試みている。「山村奈津美……山村……」確か、私がまだERで仕事をしている時の……そこ
愛沢くるみのデトックスが終わったようだ。僕は鼻歌を歌いながら、診察室で愛沢くるみを待った。きっとデトックスルームでリラックスして、出て来るだろう。愛沢くるみの顔のシミはレーザー治療の前よりも少し濃いくらいには仕上がっている。以前は気にならなかった程度のシミが、レーザー治療後のダウンタイムの失敗で濃くなった、という事に出来るくらいの濃さだった。(さすがは僕だな、天才だ)そう自画自賛しながら僕は新しいクリームを手に持ち、ワクワクしながら愛沢くるみを待った。◇◇◇千堂理の治療計画が定まり、俺はその経過を高嶺さんと燈に送る。聖カトリーナの方は全てが順調だった。千堂理は自身の治療計画書を作成する事に生き甲斐を感じているようだったし、藤堂氏は既に院内を歩く事が出来るようになっている。新田豊も順調に回復し、波多野優斗と関係性を築いている。聞けば、愛沢くるみはここ聖カトリーナに来た後、一条さんのクリニックへ駆け込んだそうだ。この期に及んでも自身の美醜にしか興味が無いのか、それともそこが最後の砦なのか。愛沢くるみを追い詰める為の証拠は、ほぼ、出揃っている。七年前の颯太の事故の真相……愛沢くるみが千堂彰と手を組んで、颯太を死に追いやった。千堂彰は当局に拘束されていて、今もきっと自分がやった事を正当化しながら、愛沢くるみと協力関係だった事を話しているだろう。EMSOの地下階には千堂彰が開発した悪魔の薬品“絶望の王・レプリトールディザスター”が充満していて、今もまだ、中和出来ずにそこにあった。あれが七年前に颯太に使われていたものの進化系だという事をきっと自慢げに話しているだろう。そして愛沢くるみの罪……絶望の淵に居た颯太の背中を押した、という売春の事実の提示、その後の事故の後のアレルギーの隠蔽、カルテの改ざん……。(ちょっと待ってくれ)カルテの改ざん……?俺は以前、燈から見せられた颯太のカルテを思い出す。確か、あのカルテには改ざんの跡があった筈だ。改ざんの跡があるという事は愛沢くるみが自分で書き替えない限りは、院内に愛沢くるみの協力者が居るという事だ。自分のオフィスで俺は腕を組む。颯太の事故からは既に七年もの月日が流れてしまっている。その当時にカルテを改ざん出来る人物が今もこの聖カトリーナに残っているだろうか。すでに辞めてしまった可能性もあるし、その可能性の方
遼大の手を取る。「大丈夫よ、今、私はあなたと一緒に居るんだから」そう言うと遼大は私を抱き締めて、震える体で私に言う。「本当に良かった……」何を犠牲にしても私をも守るだろうと賀神さんがそう言ったのは、決して大袈裟じゃ無かったという事を実感して、私は少し微笑む。「大丈夫よ、大丈夫」まるで幼い子供に言い聞かせるように私は遼大の頭を撫でてそう言う。そうしながらも私は考えていた。愛沢くるみが私に成り代わりたいと、以前はそう考えていた。そしてそれはきっと間違いじゃない。でもだとするならば、どうして私が打ちのめされていた七年前の颯太の時も、五年前の湊との離婚の時も私を生かしたんだろう。あの当時、私は愛沢くるみの悪意に気付きもしていなかった。いわば無防備だった。無防備な相手なのだから、愛沢くるみの思うように出来た筈だ。けれど愛沢くるみは私の息の根を止めるような事まではしなかった。私に死なれたら困る……?私にどうしても見せつけたい?それなのに遺産放棄誓約書まで用意していた……。おそらくは最終的には私を殺す事も視野には入れていたんだろう。それが“その時”じゃ無かったというだけなのだ。これからもっと警戒しないといけないのかもしれない。◇◇◇やっと休憩時間になる。私はその休憩時間を使って、本宮啓二に送ったあのファイルを開き直す。作り直そうとしてもアクセス権限がありませんという警告文が出るだけで、変更も出来なくなっている。(昨日までは作成も変更も出来ていたのに)EMSOの日本支局内に併設されている食堂に入り、窓際に座って、タブレットを見ていて、ふと気づく。私の周りだけやけに空席である、という事に。(まぁ、再編の為に本部から送り込まれた異分子だものね)私はそう思いながら気にしない事にして、タブレットへ視線を戻す。◇◇◇食堂に入ると、ポッカリと空いた空間が視界に入った。その空いている空間の真ん中には真壁早妃が居る。私はそんな光景に少し笑う。真壁早妃はどうせ、自分が日本支局内で浮いているのは、自分自身のせいでは無いと思っているだろう。「賀神さん、こっちどうぞ」支局内の人間に呼ばれて、私は微笑み、その輪の中に入る。「何をお召し上がりに?」そう聞かれて私は笑う。「自分で取りに行きますよ、お気遣いありがとう」コツコツと歩きながら今日は何を食べ